解説
アレックス・ムーアMBE は、ビクター・シルベスターとともに、ISTDの中にボールルームダンス支部を創設し、その後長きに渡ってボールルームダンス支部のトップの座にありました。
かれらはいくつかダンスに関する著書を執筆していますが、それらの中身を正確に知りたくて、好奇心のおもむくまま、海外からこれらの原書をインターネットなどで輸入しました。参考 ⇒ ダンス教本関連蔵書一覧
その中で日本でよく知られている書籍としては、アレックス・ムーアMBEが著した The Revised Technique と、 ISTD が出版した The Ballroom Technique (JBDFが出版している「ボールルームダンス テクニック」の原著)があります。前者は第1版から第10版まで、後者は欠番となっている第8版を除き、第1版から第10版まで出版されています。
入手したのは、The Revised Technique が第5版改定版(1961年)と、The Ballroom Technique 第10版(1982年)です。それらを読んでいるうちにあることに気が付きました。
いずれも日本ではよく知られており、そのためこれらが別な著作のように考えられてきたかもしれません。しかし実際はそうではなく、アレックス・ムーアMBEが自分が執筆した The Revised Technique を自分の著作として出版する一方で、ISTDには非独占的出版権だけを与え、中身を変えずに、緒言などをISTDの出版物のように入れ替えて The Ballroom Technique として出版させたのではないかということです。
それらの出版時期と関連の事項について調べた年表を調査結果の項に記載しました。あわせて、同じフィガーがそれぞれの書籍でどのように記載されているか、いくつかのフィガー例を貼り付けました。比較した版は、The Revised Technique が第5版改定版(1961年)と、The Ballroom Technique 第10版(1982年)です。
ISTDのThe Ballroom Technique には、著作権者が誰かは明記されていませんが、以下の事実からすると、著作者は、アレックス・ムーアMBEが実際の著作者だったということはほぼ間違いないと思います。
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- これら2つがいくつかの版を除き、ほぼ同時期に出版されている
- チャートの構成が全く同じである
- チャートの中身はほとんどのフィガーで同じである(若干の違いは出版された年の違いによるものと思われる)
アレックス・ムーアMBEが著作権を持っていたという推測は、1991年に彼が90歳で死去した後、ぱったりとISTDが The Ballroom Technique を改定しなくなり、その後約40年経過しても、いまだにその第10版を販売し続けていることにより裏付けられていると思います。
また The Ballroom Technique の第8版がなく、第9版に飛んでいるという奇妙な事実も、 それまでほぼ同時に出版されてきたThe Revised Techniqueのコピーだったという推測を裏付けていると考えられます。
調査結果
1.両方の書籍の改定時期の比較
両方の書籍の改定履歴のページなどを調査した結果を、関連すると思われる事項とあわせて時系列的に並べてみたのが、以下の表です。これですぐに見て取れるように、ISTD The Ballroom Technique はアレックス・ムーアMBEのISTDの議長に就任してから退任するまでの約40年間に初版から最後の第10版が出版されています。そして、The Revised Technique も初版から第10版まで出版されているというだけでなく、The Revised Technique とほぼ同時期に出版されており、第1版から第5版までに至っては同じ年の同じ月に出版されています。
年号 | 年齢 | 記事 |
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1901 | 誕生 | ■ アレックス・ムーア イギリス エセックスで誕⽣ |
1926 | 25歳 | ■ アレックス・ムーア 世界選⼿権2位⼊賞 ■ アレックス・ムーア ビクター・シルベスターとともにISTDの中にボールルームダンス⽀部を創⽴ |
1927 | 26歳 | ■ ISTD イングリッシュ・スタイル・ボールルーム・ダンスの標準化を達成(ビクター・シルベスターを⻑とする委員会に委託していた) |
1933 | 32歳 | ■ アレックス・ムーア Monthly Letter Serviceを開始 |
1936 | 35歳 | ■ アレックス・ムーア The Ballroom Dancing初版を執筆 |
1937 | 36歳 | ■ Ballroom Dancing 第2版 |
1938 | 37歳 | ■ Ballroom Dancing 第3版 |
1939 | 38歳 | ■ Ballroom Dancing 第4版 |
1945 | 44歳 | ■ アレックス・ムーアがISTDのボールルームダンス⽀部の議⻑に選出される |
1947 | 46歳 | ■ Ballroom Dancing 第5版 |
1948 | 47歳 | ■ The Revised Technique 初版(10⽉) ■ ISTD The Ballroom Technique 初版(10⽉) |
1950 | 49歳 | ■ The Revised Technique 第2版(4⽉) ■ ISTD The Ballroom Technique 第2版(4⽉) |
1951 | 50歳 | ■ Ballroom Dancing 第6版 ■ The Revised Technique 第3版(11⽉) ■ ISTD The Ballroom Technique 第3版(11⽉) |
1954 | 53歳 | ■ The Revised Technique 第4版(2⽉) ■ ISTD The Ballroom Technique 第4版(2⽉) |
1957 | 56歳 | ■ レナード・スクリブナー The Complete Ballroom Dancer 執筆 |
1959 | 58歳 | ■ The Revised Technique 第5版(4⽉) ■ ISTD The Ballroom Technique 第5版(11⽉) ■ アレックス・ムーア ⽶国⽀部を設⽴ |
1961 | 60歳 | ■ The Revised Technique 第5版の改定版(1⽉) |
1962 | 61歳 | ■ ISTD The Ballroom Technique 第6版(5⽉) |
1963 | 62歳 | ■ Ballroom Dancing 第7版 ■ The Revised Technique 第6版 (出版⽉不明) |
1970 | 69歳 | ■ The Revised Technique 第7版(出版⽉不明) ■ ISTD The Ballroom Technique 第7版(2⽉) |
1974 | 73歳 | ■ Ballroom Dancing 第8版 |
1976 | 75歳 | ■ The Revised Technique 第8版 (出版⽉不明) ■ ISTD The Ballroom Technique 第8版は出版されなかった。理由は不明 ■ アレックス・ムーア 英国王室よりMBEを授与される。 |
1977 | 76歳 | ■ The Revised Technique第9版 (出版⽉不明) ■ ISTD The Ballroom Technique 第9版(10⽉) |
1982 | 81歳 | ■ ISTD The Ballroom Technique 第10版 (4⽉) |
1983 | 82歳 | ■ The Revised Technique 第10版(最終版)(出版⽉不明) |
1983 | 82歳 | ■ モダンダンス教程初版(若林政雄著)(9⽉) 序⾔や内容からするとThe Ballroom DancingおよびThe Revised Technique を元にまとめられたもののようである。名著と⾔っていい。 |
1986 | 85歳 | ■ Ballroom Dancing 第9版 ■ アレックス・ムーアMBE ISTDのボールルームダンス⽀部の議⻑を退任(在任期間は38年間) |
1991 | 90歳 | ■ アレックス・ムーアMBE 死去 |
1998 | -- | ■ DAN-NAVI 第1版(10⽉) アレックス・ムーア⽒のダンススタジオのエリザベス・ロメイン⽒監修 |
1999 | -- | ■ DAN-NAVI 第2版(5⽉) |
2002 | -- | ■ Ballroom Dancing 第10版 書誌から判断するに、⽗からは著作権を譲り受けたマーベル・ムーアが、英国ダンス協会が著作権を持っていた、ヴェニーズ・ワルツを追加することを了承して第10版として出版したと思われる。 ただし第9版でもPopular Dance としてヴェニーズ・ワルツが掲載されているため同じ内容かどうかは未確認。 |
2019 | -- | ■ ISTDはThe Ballroom Technique 第10版(最終版)(4⽉)を出版した後、改定はせず、増刷のみ行っている。そして1994年のReprinted (with amendments)版を最後に増刷を停⽌し、その増刷版を販売している。 |
2.両方の書籍の内容比較
入手しているそれぞれの原書は以下の通りですので、それらの内容を比較してみました。
The Revised Technique of Ballroom Dancing 第5版(1961年)
The Ballroom Technique 第10版(1982年)
フィガーの書きぶりの比較のために、各種目の代表的なフィガーのページを並べました。左が The Ballroom Technique、右が The Revised Techniqueなのですが、どこが違うかわかりますでしょうか。
ただし、The Revised Technique の How to Study the Chart の章においては、チャートを理解する上で重要なポイント、すなわち、「ライズ&フォールの項はボディのRise & Fall を意味し、FootによるライズはFootworkの項で表すように分けられた。」ということが明記されています。しかし、この点も含めて、The Ballroom Technique のHow to Study the Chart の章ではさらに簡略化されているために、The Ballroom Technique およびその邦訳のボールルームダンス・テクニックしか知らない日本人にとっては、Rise & Fall は21世紀のボールルームダンスで広く行われている膝の屈伸によるレッグライズ&ロアーも含まれているという誤解が広く浸透していると思われます。(これらの両方の書籍を比較するまでは私も誤解していました。)
ワルツ
ナチュラル・ターン
リバース・ターン
ナチュラル・スピン・ターン
ウィスク
ダブル・リバース・スピン
タンゴ
クローズド・プロムナード
バック・コルテ
ナチュラル・ツイスト・ターン
フォックストロット
フェザー・ステップ
リバース・ターン
スリー・ステップ
ナチュラル・ターン
クイックステップ
フォワード・ロック
プログレッシブ・シャッセ