各時代のダンスインストラクションマニュアル、およびそれに基づいて再現された動画から想像できるように、2人ないしそれ以上の男女が、複雑な足さばきのフィガーを、決められた順序で踊るシーケンシャル・ダンスから、男女のカップルが、単純なしかもより遅いフィガーを、フィガーの順序を決めずに踊るノンシーケンシャル・ダンスへと移り変わっていっています。
 
tamaは、この変化は、欧米の社交ダンスが、宮廷のダンスから、中流階級、さらには一般の大衆のものへと移り変わるにつれて、特権階級が、金と時間にあかせてダンス教師について長年習得すべき複雑なステップで構成されたダンスから、一般大衆でも短時間で習える、さらには通信教育で習える程度のステップで踊れるダンスへと変化していったことが理由だと考えています。
 
このように、より単純な新しいダンスが人気を博す際には、それまでの複雑なダンスを教えることで生計を立てていたダンス教師と、新しいダンスの担い手との間で葛藤がありました。当時の新聞記事などから、そのひとつはヨーロッパでワルツが出てきたとき、もう一つは米国でワンステップや、キャッスルウォーク、ターキートロットなどラグタイム音楽に乗って踊るダンスがボードビリアンにより演じられ、教えられ始めたときのようです。
 
後者においては、当時のニューヨークタイムスの記事に、当時のダンス教師たちが自分たちの職業を奪われる危機感に襲われて、急きょダンス教師協会を発足させたことが報じられています。
 
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