社交ダンス全書
著者 玉置真吉
初版 昭和23年12月5日(1948年)

 

(フォックストロットの部分を一部抜粋)

 

第一章 フォクストロット(前編)

 

まえがき
 
現代社交ダンスの中最も一般的なものは、なんと云ってもフォクストロットです。毎月発売せられる欧米のレコード数百種の中、八割以上がフォクストロットの曲であり、また我国に毎月輸入封切せられる外国映画の主題歌が殆んど七八割までフォクストロットであることから見ても、フォクストロットが現代ダンスの首位を占めていることが推測できると思ひます。
 
 フォクストロットという言葉はもとはフォクス「Fox」とトロット「Trot」と二つの字を離してFox Trotと書き、中頃「Fox-Trot」と書き、今では「Foxtrot」と書くやうになりました。その最初の書き方が示している通り、之は「フォクス」(狐)といふ字と「トロット」(馬術の用語)と云ふ字とが並んだものです。元来馬の歩法には色々あって、緩いものから、だんだん速いものに並べていきますと、次のやうになります。「Walk」「Amble」「Trot」「Canter」「Gallop」の五種です。「ウォーク」は最も緩い歩法、今日のダンスの中ワルツを除く全てのダンスの歩法として採用せられて居ります。「キャンタ」は世界大戦前にやはり一次流行したワルツの踊方の名称であり、「ギャロップ」は19世紀から20世紀の初にかけて欧州の人気あるダンスの一つであったのです。昔から馬の歩法とダンスとはこんなに縁が深いものです。
 
さて、トロットですが、世界大戦前のダンスに「トロット」といふ名をもったものが沢山あります。その代表的なものは「Turkey Trot」「Horse Trot」「Dog Trot]などです。これ等のダンスは世界大戦を一期限として凡ての人々から忘れられてしまひました。この中で「Horse Trot」といふ名が一番理屈にあてはまっているのですが、ターキ(七面鳥」や「ドグ」(犬)のトロツは一寸場違ひの感があります。勿論「トロット」という言葉は馬の歩法から来たとは曰へ、犬のやうな動物に応用せられることは珍しくはありませんが、七面鳥のトロットなどは一寸無理があります。けれども物の名前といふものは、さう理屈の通りには行かないから、現今の「フォクストロット」(狐のトロット)などは、まあ、さう無理なほうでもないでせう。
 
 然しフォクストロットの起源については色々の説があります。一説には、
 
 1912年メープル ハイト(女優)とマイク ドンリン(野球選手)がサンフランシスコのバーバリ コーストで酔っ払った水兵達がピッタリ抱合って踊っているのを見た。其れから間もなくハイトとドンリンはボードビルの芸人になり、ブロードウェイに来て初めて「ターキ トロット」を踊った。その時の風情は腕を互いに巻きつけ、上体をピタリとつけ合ひ、上体をクネクネとさせていた。其後ターキ トロットは遂に白亜館にまで這入っていった。暫らくの間フォクスといふ人が之を単純化して今日のやうになほしたから或人はFox’s Trotと呼び、或人はFox Trotと呼んだ・・・・。
 
と申します。一方また北合衆国の理論家チャールス ジェー コル Charles J. Coll は1919年に「舞踏速成」といふ本を出版し、その中に、
 
私はヴァーノン・キャスル大尉がフォクストロットの開祖であり、且つ教師であることを信じる。彼はダンスの改革に対して常に留意する結果、特定の黒人クラブに注意を怠らなかった、或時彼は黒人が「フォクストロット」を踊っているのに注意を惹かれた。そして、このダンスは之の時既に「フォクストロット」と呼ばれていた。彼は之を携へ出て、よし大衆一般にうけないまでも少数のファンに之を伝えやうと決心した。 然し、キャッスル氏の礎石を据えたこのフォクスはダンス界の王者として君臨するやうになってしまった。しかし、当時のフォクスは初めから終わりまでただ跳ね回るばかりであったから私は当時フォクストロットなんどはぢき亡びてしまふ踊だと予言したことを茲で恥を忍んで白状しなければならない。
 
云々
 
と記して居ります。
 
 ヴァーノン・キャスル大尉 Captain Vernon Castle は北米合衆国の飛行大尉で20世紀初頭に於るダンス界の権威であり、大戦前のダンス爪先で立ってピョコピョコと飛んで歩いて居ったのを、踵を落として床をすべるやうに改革した現代ダンスの先覚者です。ワンステップも氏が改革して「Castle Glide」又は「Castle Walk」と改めたり、フォクストロットを黒人から採って改良したり、社交ダンスにとって此ほど大きな仕事を残した人は古今往来又と他に無い人ですが、惜しいことに世界大戦に参加してフランスで戦死して了った。どうせ事物の起源といふものはずっと後になって考へるもので、鳥の雌雄と同じくどれが真やら偽やら判然と定める事は困難ではあるが、当時に於るキャスル氏の地位、又氏が極力このダンスの伝道に努力した点から見て、フォクストロットの開祖を氏と決定することが最も穏当であらうと著者も考へるのです。
 
勿論、フォクストロットはキャスル氏が生きている前からずんずん変わって、前記の「跳ね回る」という風は無くなり、コル氏すら「フォクストロットといふ名は到底その体を表現することは出来ない。何故なればこれはもう近代ダンスの特色たる円滑なやさしいダンスになって居るから・・・・」(1919年版)と記されているのを見てもよくわかります。
 
 フォクストロットが紹介せられたのは1913年頃ニューヨークが最初であった。トロットといふ名称は、三歩、五歩、七歩など速く走る運動からつくられたものと思はれます。
 トロットは馬の中速度の駆け足であるから、ピョンピョン跳ねるほうがその名にふさわしいので、今のような踊方がその名に適しない事はコル氏の曰はれる通りに相違ありませんが、之も時勢の変遷で、この似てもつかない名で私共は今日この静な円滑な踊をやっている訳です。只今日の「スロウフォクストロット」に残している「スリーステップ」を見ると、そのトロットらしい香がまだ少し残っています。
 
(後略)
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