「社交ダンスは物理学と関係がある」などということを考えておどる人はあまりいないと思いますが、物理学とくにその中の運動力学を多少なりとも知っていると、ダンスを踊る上で役に立つことがあります。
 
ニュートン力学(古いなぁ^^)には以下の3つの法則があります。
 
第1法則 (慣性の法則)
第2法則 (運動の法則)
第3法則 (作用反作用の法則)
 
このうちの慣性の法則を理解していると、ダンス初心者の方でも、ワルツのナチュラル・スピン・ターンのステップ2、ステップ3でライズを継続し、最後にきれいにボールで立つコツを容易に身につけることが出来ます。
 
結論から先に言ってしまうと、ボディの慣性を殺してしまうことなく、ステップ3の最後でロアーする直前までライズを継続することです。いいかえれば、一番高いところにいるのはほんの一瞬にせよと言ってもいいかもしれません。
 
その理由は、ボールのような狭い範囲で体を支えていても、ボディのライズを継続している限り慣性の法則が働き、どれだけライズの速度がゼロに近づこうとも、ふらつかないためです。
その理由を、詳しく説明してみます。
 
これからの説明を、より理解していただくために、世界チャンピオンのナチュラル・スピン・ターンの分解画像を添付しておきます。分解画像を見ながら説明を読むとよりわかりやすいと思います。
 
予備歩 → ナチュラル・スピン・ターン終了まで(アルナス&カチューシャ組)
スライド元動画
 
 
慣性の法則は例えば以下のように定義されます。
 
物体に外部から力が働かないか、働いていても合力が0のときは、物体は静止しているときは静止の状態、運動しているときはその運動状態を続けようとする。物体の持つこの性質を慣性という 。
 
これを、ダンスに当てはめて考えると、ダンサーのボディには、鉛直方向にかかる力としては、下方に向かう重力(常に一定)と、ボディを動かす脚の力のうちの重力に対抗する上向きの分力の2つが働きます。ライズ&フォールの場合、脚の力を重力よりも減らして重力との合力を下向き方向にすればロアーするし、重力より増やして重力との合力を上向き方向にすればライズするわけです。このライズやロアーの過程では合力はゼロではなく、変化していきます。
 
合力がゼロでない場合どうなるのかは上記の慣性の法則の定義には書いてはいませんが、最初の運動方向と同じ方向に合力が働けば、運動速度が増していきます。また、180度逆方向に合力が働けば、運動速度は徐々に減っていきます。しかしこの両方とも、運動方向は変わりません。
 
ナチュラル・スピン・ターンの場合、ステップ2、ステップ3とライズを継続しますが、徐々にライズの速度を遅くしていっても、ゼロにしない限り、上で説明した慣性の法則が働いてふらつくことはありません。
 
ライズの分類方法にはいくつかありますが、ビル・アービンの分類方法では以下のように3種類に分けています。
 

■ スイング・ライズ

■ プレッシャー・ライズ

■ ボディ・ライズ

 
スイング・ライズ
 
スイング・ライズは、ライズをする段階で持っているボディの持つ速度に比例した慣性を利用してライズを行うものです。このライズに必要な筋力は、ボディを持ち上げるのに必要な脚の筋力より、ずっと少なくてすみます。たとえば、坂道を登るのに、助走を付けずに登るとしんどいですが、助走をつけて駆け上がると楽に登れますよね。この助走をつけてライズするのがスイング・ライズと考えればわかりやすいと思います。
 
プレッシャー・ライズ
 
プレッシャー・ライズとは、その場でライズするものです。この場合は若干の筋力を必要としますが、これだって、爪先立ちして高い棚の上のものを取る程度の筋力があれば、十分でしょう。
 
ボディ・ライズ
 
最後のボディライズは、文章では説明が難しいですが、スイング・ライズやプレッシャー・ライズを伴って体の中心(のインナーマッスル)が伸びていくものです。感覚的には息を吸い込むのと似ていますが、それとは違います。
 
ナチュラル・スピン・ターンにおけるライズ
 
ナチュラル・スピン・ターンの場合は、これらを組み合わせてライズしますが、男子ステップ2とステップ3のライズはスイング・ライズとボディ・ライズだけでライズの最高点まで到達できますので、プレッシャー・ライズはほとんど使うことはありません。というより、男子ステップ2左足横へのフットワークはT(トー)なので、左膝も左足首もほぼ伸びており、プレッシャー・ライズを使う余地がないと言う方が正確かもしれません。また、ここのライズでヒールを着いてからトーへライズすると、ぎくしゃくしたスイングになってしまいます。
 
自己診断方法としては、下の分解画像のように男子ステップ2の左足のフットワークのとき、左足ヒールがフロアーに接触せずライズできているならばOKだといえると思います。
 
ステップ2の中間バランス時(スライド91)
 
ステップ3後半で右足を左足にクローズした時(スライド102)
 
ワン・スイングで踊る
 
ちなみに、ワルツのライズ&フォールは、「ワン・スイングで踊れ」ということがしばしば言われます。ワン・スイングというのは、自然な振り子運動が持つ、最高点から徐々に加速していき、最低点で最大速度に達し、そこから徐々に減速していくという、自然な動きのことを言います。
 
時々「サポーティングフットでボディを送り出し、ムービングフットでボディを引き寄せる」という言い方をされる方がおられますが、厳密に言うならば最初にムービング・フットの役割を果たしていたフットは、ボディを引き寄せるタイミングでは、すでにフロア上を滑ることなくサポーティング・フットになってしまっていますので、「サポーティングフットでボディを送り出し、ムービングフットでボディを引き寄せる」のではなく、「中間バランスになってから先行しているフット(リーディング・フット)でボディを引き寄せる」ということになります。
 
しかし、そのように「リーディング・フットでボディを引き寄せる」という踊り方をすると、この自然なワン・スイングの動きを阻害してしまいます。そうしないためには、「リーディング・フットでボディを引き寄せる」のでなく、WDSFがテクニック・ブックの「Bofore Foot Position」で説明しているように、ボディが中間バランスの位置を越えて「Bofore Foot Position」の位置にまで達したら、「リーディング・フットでボディを押し戻す方向への力を加えて速度を徐々に減速させていく」ことが必要です。
 
初心者のかたは「サポーティングフットでボディを送り出し、ムービングフットでボディを引き寄せる」と言う言い方は、あくまで感覚的なものであるということを頭に置く必要があると思います。