1.ダンスに影響を及ぼす力学の法則

人体は物体の一つであり、その物体の運動としてのダンスのムーブメントは下記にあげたニュートンの運動の法則に支配されている。

運動の法則

【7】運動の法則

  ニュートンの運動の法則は以下の3つからなる。

第一法則(慣性の法則)

物体に外部から力が働かないか、働いていても合力が0のときは、物体は静止の状態を含めて、その運動状態を続けようとする。物体の持つこの性質を慣性という ( これはガリレオによって発見された)。

第二法則(運動の法則)

質量mの物体に生じる加速度a は、物体に作用する合力 F の向きに生じ、その大きさは力 F の大きさに比例し、質量 m に反比例する。
比例定数を k とするとで表される。これを運動の法則という。

第三法則(作用反作用(action and reaction)の法則)

物体Aが物体Bに力FBをおよぼせば、同時に物体Bも物体Aに力FAをおよぼしている。

 

2力FAFBは大きさが等しく、作用線が一致するが、互いに反対向きである。
式ではFA=-FBである。これを作用反作用の法則という。

 

出所: 物理の部屋 (松永捷一)の運動の法則より

 

2.ダンスに影響を及ぼす慣性と慣性力

ダンスに影響を及ぼす力としては、ダンサー自身の筋力、カップル相互の押し合いや引き合いによる外力、フロアとの相互の反力などだけに目が行きがちであるが、それらと同等ないし、それ以上に注意をはらうべき重要な要素がある。それは慣性と慣性力である。慣性について噛み砕いて説明すると、以下にあげたように「すべての物体はその慣性により以下の状態を維持しようとする」という性質である。

      1. 静止しているときは静止状態を維持
      2. 直進運動をしている場合は、その方向と速度を維持
      3. 回転している場合は、その回転速度と回転軸の方向を維持

また、慣性力とは、ある物体のこれらの状態を変更しようとして外力を加えようとした時、外力を加えた物体に対してそれらの慣性の初期状態を維持しようとする力と考えれば理解しやすい。たとえば、直進運動している物体を止めようとするとその物体から押し返す力を受ける。また直進運動をしている物体を円運動させようとして直進方向と直角に力を加えると、その物体から遠心力を受ける。また回転物体の回転速度を変えようとすると、逆にそれに対抗する力を受ける。なお回転物体の回転軸の向きを変えようとする場合はそれに対抗する慣性力が発生するのではなく、若干反応がことなる。具体的には、自転車に乗って車輪を回転しているとき、車体を右に傾けようとすると、前車輪のハンドルの向きが右に変わるのがその例である。

その他ダンスに関係する力としては以下のようなものがある。

これらの力がダンスをする上でどのような役割を果たすのか以下の章で述べる。

いろいろな力

6-1 いろいろな力

(1) 重力(gravity)‥物体を地球が引く力。正確には、万有引力と地球自転による遠心力のベルトル和である。
(2) 張力(tension)‥‥接触し合っている物体間で引きあう力。
(3) 弾性力(elastic force)

ばねの弾性力 f (ばねが自然長に戻ろうとする力)とばねの伸縮量 は(ある力の範囲では)比例関係にある(フックの法則)。
フックの法則は f =-kx で表さ れ,比例定数kをばね定数(弾性定数)という。

(4) 摩擦力(frictional force),垂直抗力(normal force)

水平で粗い面上に置かれた物体に水平方向に力を加える場合,力がある大きさ以下では物体が動かない。これは面から物体に物体の運動を妨げる向きに摩擦力が働いているからである。これを,静止摩擦力という。
物体に加える力を大きくし、ある値より大きくなると物体は動き出す。物体が動き出す直前の摩擦力を最大摩擦力という。物体が動いているときに働いている摩擦力を(運)動摩擦力という。 面に垂直な方向から物体が受ける力を垂直抗力という。垂直抗力 N と最大摩擦力F0の間には
              F0μ0N  (下注)    (6-1)
の関係(μ0を静止摩擦係数という),(運)動摩擦力F ‘ と垂直抗力 N との間には
             ‘=μN (μを(運)動摩擦係数という)の関係がある。
一般にμ0μである。水平に置かれた物体に,水平に加えた力 f と摩擦力 F の関係は右図のようである。

 

出所: 物理の部屋 (松永捷一)のより

 

3.体の重心と支持基底面

(1)重心について

人体は普通に立った状態では左右対称なため、重心は人体の正中面上にある。その状態では重心は骨盤のなか、おおよそ下腹部の中にある。そして左右非対称の姿勢、例えばスウェーなどのように、足首から全身を傾けたり、弧を描くように体の形状を変えることで、重心は左右に移動する。右スウェーの場合はスウェー側に移動することになる。

(2)支持基底面

片足がフロアに接触しているとき、その接触面の輪郭の外接多角形を「片足の支持基底面」と定義する。ただし女性はハイヒールを履いているため、片足の支持基底面は長い逆二等辺三角形のかたちになり、男性より狭くなる。両足がフロアに接触しているとき、両方の足の支持基底面の外接多角形を「両足の支持基底面」と定義する。片足の支持基底面、両足の支持基底面とも、ボールやトウなどのフットワークにより支持基底面のサイズは小さくなる。

(3)支持基底面と重心の関係

言い方を簡略化するために、ここでは、重心を鉛直線に沿って伸ばした時、その線が支持基底面と交差する点が内側にあるときは、「重心が基底面の内側にある」と表現する。

重心には重力がかかっているが、基底面の内側から外側に移動していったとき、重心に対してかかる重力の水平分力が増大していく。基底面の面積を仮にゼロつまり一つの点だとして、その基底面の真上に重心がある時を角度ゼロとし、そこから角度θだけ傾いた時の重力の水平分力をFh(Horizontal Force)とするとFhの向きは基底面から離れる方向で、その大きさは下記の式で表される。

Fh = m ✕ g ✕ tan (θ)

ただしmは体の全質量、g は重力加速度

この式を定性的に説明すると、基底面の内側にある時は θ = 0 なので、 Fh は発生せず、静止状態においては、人体は倒れずにその状態を維持することができる。また 重心が基底面の外側にある時の θ はゼロではないため sin (θ)がゼロとならず、 Fh が発生する。そのため、人体にはその Fh が外力となり、水平に引っ張られて、ゆっくりと倒れていく。倒れ方の速度は重心が基底面から遠ざかる距離に比例して早くなっていく。

(4)水平分力 Fh がダンスに与える影響

重心に加わるこの水平分力 Fh の大きさは比較的小さいが、ダンスをする上で重要な慣性力の大きさや方向を微妙にコントロールするために重要な役割を果たす。これについてはあとの章で述べる。

 

4.人間が重心の位置を感じる能力

重心がいま基底面の内側にあるのかどうかというのは、人間の場合、足裏に分布する圧覚受容器で受け取る刺激の大小で判断することになる。そのためには、少なくとも足裏にある2点の圧覚受容器でその刺激を比較できなければならない。刺激を比較できるためには、以下の2つのファクターが関係する。

      • 2点の圧覚受容器の圧力感度
      • 2点の圧覚受容器の距離

それらの刺激の大きさを比較するためには2点の圧覚受容器の距離が離れていれば離れているほど、わずかな重心の移動でも感知しやすい。そのため、サポーティング・フットの支持基底面の長さは長いため、重心が、つま先側にあるのか、かかと側にあるのか、土踏まずのあたりにあるのかは、シューズを履いていたとしても、容易に判断できる。しかし、サポーティング・フットの支持基底面の幅は狭いため、重心がインサイド・エッジ側にあるのか、アウトサイド・エッジ側にあるのか、あるいはその中間にあるのかはそれより判断しづらいと思われる。シューズの底が柔らかいときは、さらに判断しづらい可能性が高い。

その2点の圧覚受容器の距離と弁別の可否について研究した論文を以下に示す。

http://www.cymis.jp/bitext/ch10.pdf

この論文では、皮膚の表面をある距離を離して、2点交互あるいは同時に押す実験を行った時、それが2点と感じられるか1点と感じられるかという境目の距離を2点弁別閾と定義している。つまり2点弁別閾より小さい距離では重心がどこにあるか判別不可能であるということになる。この研究論文には足裏の2点弁別閾の試験結果はなかったが、論文の対数グラフで見ると、足の裏よりずっと感覚が鋭い指先は別として、そのほかの前額、腹部、背中などの2点弁別閾はせいぜい2センチから5センチのようなので、仮に前額と足裏の2点弁別閾が同じだとしても、重心がインサイド・エッジ側にあるのか、アウトサイド・エッジ側にあるのか、あるいはその中間にあるのか判断するのは、訓練によっては可能だとしても、確実とは言えない。

普通に歩いた場合、右足が動くラインと左足が動くラインは重ならず、2トラックとなる。また、観察をすればすぐに分かるが、成人の場合は幼児のように1歩ずつからだを左右に振って左右の足に交互に体重をかけることはしない。そのため成人では重心が左右の足の基底面の上は通らないことが多いが、それでも真っすぐ歩いているように見える。これは上記で述べた直進運動している場合の慣性によるものである。
ハイヒールの場合は、基底面が男性の靴よりもずっと幅が狭く、普通に歩いたのでは重心が足の基底面から離れすぎる。そのためファッション・ショーのモデルのようにゆっくり歩く場合は1トラックで歩くのもこのためである。余談であるが、モンロー・ウォークのようにヒップを振って歩くのも、そうじゃないでしょうか。
たとえばサポーティング・フットで前進している時に、重心がサポーティング・フットの基底面上を通過しない場合は(6)の水平分力によりムービング・フットの側に倒れていく。しかしその場合であっても前進速度のほうが倒れる速度よりもずっと早いため、目に見えるほど倒れる前にそのムービング・フットが新しいサポーティングフットになる。