はじめに
 
スローフォックストロットは、インターネットや書籍で調べると、20世紀の初めに人気を博したラグタイム音楽にあわせて踊られるようになったfox trot(以下フォックストロット)というダンスが元になっているというのが定説になっている。しかし、その初期のフォックストロットがどんなダンスだったのかは、日本はおろか欧米のウェブサイトを調べても見当たらない。
また通常社交ダンスの創始者は特定されていないが、唯一フォックストロットだけが、その名前の関連性から、欧米では多くはニューヨークの劇場に出演していたHarry Fox(以下ハリー・フォックス)というボードビリアンが、1914年の夏に初めて披露したという説をとなえている。そのほか、ほんの一部ではあるが、当時ニューヨークで大人気を博していたVernon and Irene Castle(以下キャッスル夫妻)がその創始者だという説もあった。しかしいずれもその根拠が示されておらず、本当のところは今でも謎である。
わたしは数年前に、あるきっかけで、なにが本当なのか調査しようと思い立った。このエッセイはその調査結果をまとめたものである。調査にあたっては、出来る限り当時の記録を探し出し、それに基づいて推論するという制約を自分に課した。そのためこのエッセイで引用した記録は、誰でもが検証可能なように、個々の記録のリンクを張っておく。
調査の結果は以下の順で披露したいと思う。

 

1 フォックストロットはいつごろから踊られたのか。
 
2 そのころのフォックストロットはどんなダンスだったのか。
 
3 誰がフォックストロットというダンスを作り出したのか
 
4 なぜフォックストロットという名前がついたのか
 
5 どうしてフォックストロットがそれまでのラグタイムダンスよりも人気を博したのか
第1の謎 フォックストロットはいつごろから踊られたのか
日本では広くは知られていないが、社交ダンスの歴史については米国議会図書館にAn American Ballroom Companion; Dance Instruction Manualsという貴重なデータベースがある。このデータベースでは、1500年代以降から1920年代までの200件を越える欧米のダンスの教本や論文およびその解説を読むことができ、また一部のダンスについては再現ビデオも見ることができる。まずこれで調べてみた。しかしこのデータベースでは、フォックストロットというダンスについて記載されている文献では、残念ながら1916年に出版されたLight on the Danceが一番古いものであった。
 
しかしその後、ニューヨークタイムス(以下新聞)の過去の記事を検索できるNew York Times Article Archiveを調べたところ、ダンスに関して数多くの記事を見つけることが出来た。それによると最初のフォックストロットの記事は1914年8月16日付けの「Dance for Charity at Pier. The Fox Trot among the steps at Mrs. Hanan’s Shore Acres.」という記事であった。その記事は、「チャリティパーティで、参加者たちがmaxixe(以下マシーシュ)やフォックストロットを踊った。フォックストロットはその前夜にホテルカジノの仮装舞踏会で紹介されたものであった。」というものであった。
 
それ以降、矢継ぎ早に、新聞には、フォックストロットのことが報じられるようになった。その中のいくつかを紹介しておこう。
 
 
ミス エリザベス・フリーマンが講師となって、「女性による政治団体」の本部で行われる。フォックストロット、ワンステップ、ルルファドやその他の新しいダンスが教えられる。
 
1914年9月23日 Dancing Class for Suffrage
 
フォックストロット、ワンステップ、ルルファドやその他の新しいダンスのレッスンが昨夜西45番街の「女性による政治団体」の本部で行われた。このレッスンは本部では毎週火曜日に、ブロンクス支部では木曜日の夜に行われる。
 
 
ジャイアンツとパイレーツの野球の試合で、ブラスバンドがフォックストロットを演奏。
フォックストロットの曲のテンポが速すぎてプレーヤーが音楽に合わせることができなかった。
 
 
ジョーン・ソーヤーの指揮の元で、ブロードウェイ50番街のペルシャンガーデンが、新しいシーズンに向けて再オープンする。ジョーン・ソーヤーは、ソーヤーフォックストロットを披露する。
 
1914年10月10日 Braves Show A Lot of Pep.
 
ブレーブスとアスレチックスの野球の試合の前、ブレーブスの選手が、試合前の練習で打順を待っているとき、観客におだてられて、バンドにあわせてフォックストロットを踊った。
 
1914年10月16日 CHEZ MAURICE IS OPENED
 
海外で人気を博し、英国国王と女王の前でもダンスを披露した、トップダンサーのモーリスとフローレンス・ウォルトンが最近帰国し、ウィンターガーデンビルの中の、以前Palace de Danse として知られていた場所に、ボールルームとレストランをオープンした。
彼らはそこでクラシックワルツ、ルルファド、モーリスフォックストロット、ヘジテーション、ワンステップを披露した。
 
 
学校の体育館で夜8:15から11:00まで、15回10ドルでダンスのレッスンが行われる。 種目はフォックストロット、ルルファド、ブラジリアンポルカ、キャンターワルツまたはレイムダックワルツ。体育館の運動指導員のミス ハーマイン・イーラーズが講師を務める。
 
1914年11月12日 INDIANS TRY NEW DANCES
 
キャッスル夫妻が、レイムダックワルツ、フォックストロット、ターキートロット、タンゴを披露。
 
 
ニューヨークのハーレムで催されたチャリティダンスパーティで、アマチュアの若者のカップル2組によるフォックストロットのデモが行われた。
 
1914年11月27日 TABLEAUX DANCE AT THE RITZ
 
デビュタントのための舞踏会で、いろいろなダンスがデビュタントにより披露される。そのなかのひとつがフォックストロットである。
 
 
ワシントンハイツホスピタルの基金集めのためにビルトモアホテルでダンスパーティーが催される。 そこで、フォックストロット、スル・ファド、ポルカのデモが行われ、若い有望な女性が数多く出演する。
 
1914年12月22日 The Fox Trot Revised
 
フィラデルフィアダンス教師協会はフォックストロットを改訂した。それによるとフォックストロットのフィガーは5つだけに限定される。ヘジテーションワルツ、マシーシュ、ワンステップはすでに限定済み。
 
以上が新聞の1914年の関連記事であるが、その他、フォックストロットがラグタイム音楽にあわせて踊られたという話を糸口にして、米国議会図書館や、米国の大学の図書館にある、古い楽譜のデータベースで見つけたラグタイム音楽の楽譜の版権の年号を調べてみると、タイトルないし中身にフォックストロットという記載のある楽譜は、1914年に突然数多く出版されていることがわかった。
 
なお、唯一Bubi Fox Trot という楽譜のドイツ版権が1913年(米国版権1914年)となっており、副題からもダンスのフォックストロットを指しているのは間違いない。しかし1913年にドイツで先行してフォックストロットが踊られていたとは考えにくい。この説明としては、ドイツ版権はBubiという曲に、米国版権はその曲のフォックストロット編曲版に与えられていたと考えることもできる。別の理由としては、当時は楽譜の版権の年代はローマ数字表記であり、年号を間違えやすいため、間違って印刷した可能性もある。それに近い実例では、米国議会図書館の楽譜データベースで、楽譜に印刷されている版権年号を読み間違えたために、データベース登録の版権年号が10年早い例を2件発見した。

 

第1の謎に対する私の結論
これら新聞記事の内容を考えると、最初のフォックストロットのステップは、突然かつ急激に広まったわけではなく、一般人の間である程度広まり始め、それと並行してステージダンサー達が取り入れるようになって初めて新聞記事に取り上げられたり、楽譜が多く出版され始めたと見るのが妥当と思われる。従って1914年の前半ないし1913年の後半から踊られ始めたのではないだろうか。
第2の謎 そのころのフォックストロットはどんなダンスだったのか。
最初に引用した1916年出版の文献は社交ダンスに反対する聖職者によるものであり、残念ながらフォックストロットの踊り方は記載されていなかった。実際にフォックストロットの踊り方について記載されていた一番古い文献は1918年に出版されたTips to Dancersというものであった。

 

第2の謎に対する私の発見
あきらめかけていたころ、思いがけないところからその情報を発見した。1つは、1915年出版のRagtime Review 3月号であるが、もう1つは、それより古く1914年出版のMentel’s Fox Trotというラグタイム音楽の楽譜の表紙に踊り方の一部が記載されていたのである。
 
それらのフォックストロットの踊り方は、最初のフォックストロットの踊り方というところに説明しておいた。ただし現代風の表記方法に書き換えている。それらのフォックストロットの踊り方が、それまで人気のあった、ワンステップ、ツーステップ、キャッスルウォークなどのラグタイムダンスと違うところは、S(スロー)という、2拍で一歩進むと言うステップが取り入れられていたところである。
 
もう一つの発見は、フォックストロットはラグタイム音楽にあわせて踊られたとされているが、もうすこし付け加えるならば、いわばスイングするラグタイム(以下仮にスインギングラグタイムと呼ぶ)ともいうべき音楽に合わせて踊られていたということである。このことは、ラグタイムピアノを弾くある女性ピアニストから実例を示して教えていただいた。
 
ラグタイムとスインギングラグタイムとの違いは、楽譜を見れば一目瞭然である。前者が基本的なメロディラインは8分音符の連続であるのに対し、後者はスイング音楽によく使われる符点8分音符+16分音符の組み合わせで構成されている。その女性から頂いた実例である12th ST. RAG(12番街のラグ)のラグタイム原曲とスローフォックストロット編曲版を紹介しておこう。
 
このことが初期のフォックストロットの踊りかたとなにか関係があるのかどうかは、現時点では十分に分析できていないが、わざわざそのような演奏を指定しているからには関係があったと見るのが妥当だろう。ただ、スイングしているために、聴いている者にとってうきうきした感じを与えることは間違いない。

 

第3の謎 誰がフォックストロットというダンスを作り出したのか
誰がフォックストロットを作り出したのかということには、これまでにもいくつかの説が唱えられてきたので、ここで整理してみよう。
(1)これまでの説
最初に述べたように、名前との関連性から、ハリー・フォックスと言うボードビリアンが創始者であるという説が欧米では主流であるが、それもいくつか分かれており以下のようになる。
 
A説 <ハリー・フォックスがJardin de Danseのステージで初めて披露したという説>
 
1914年初頭にハリー・フォックスがニューヨークのボードビル・ショーに出演していた。ハリー・フォックスは、その年の4月に当時有名だったドリー姉妹のヤンスキー・ドリーとチームを組んだ。それと同時期に、ニューヨークシアターが映画館に改装され、その屋上には、Jardin de Danse という今で言うダンスホールが作られた。その夏に、ハリー・フォックスは、そのホールでの演技のひとつとして、トロッティングステップを披露し、人々はそれをフォックスのトロット(Fox’s Trot)と呼んだ。
 
B説 <ハリー・フォックスが、ミュージカル “Ziegfeld’s Follies”で初めて披露したという説>
 
1913年(1914年という説もある)にハリー・フォックスが、ミュージカル “Ziegfeld’s Follies”で初めて披露した。
 
C説 <キャッスル夫妻が創始者だという説>
 
この説は日本だけで唱えられており、おそらくかの玉置真吉氏が著した「社交ダンス全書」(昭和23年出版)の記載を元にしていると思われるが、玉置氏自身はその著書の中で、1919年出版のDancing Made Easyという本の中身を正確に引用して、「黒人専用クラブでその時すでにフォックストロットと呼ばれていたダンスをキャッスル氏が発見したが、それを世に広めたことでキャッスル氏を創始者としてもいいのではないか」という意味のことを書いており、それを読んだ日本人が、誤って本当にキャッスル氏が作り出したとかん違いしてしまったのではないだろうか。
なお、A説、B説には、いずれもそれらしい説明がついてはいるが、その根拠を裏付けるものは明らかにしていない。そのためか、「ハリー・フォックスが創始者だと言われてはいるが、明らかではない」としている欧米のサイトもある。
(2)ハリー・フォックスが創始者だという説の信ぴょう性
ハリー・フォックスが創始者であるという説にはいくつかの疑問がある。
 
疑問その1
新聞の記事アーカイブでは、ハリー・フォックスの記事は数多く検索されるが、ハリー・フォックスがフォックストロットを踊ったという記事はまったくヒットしなかった。単に名前が似ているというだけでは根拠に乏しいのではないか。
 
疑問その2
この他、A説については、以下の理由からもさらに疑わしい。
1913年6月26日付けの新聞に JARDIN DE DANSE OPENING という記事があり、Jardin de Danse がオープンしたのはA説で主張している1914年ではないことは明らかである。
またその後 Jardin de Dance というコラム記事がおよそ1カ月に3回のペースで1915年9月ごろまで続いている。この間ハリー・フォックスの記事は同じニューヨークタイムスのVAUDEVILLEなどのコラム記事に載ってはいたが、Jardin de Dance の記事には、いっさいハリー・フォックスの名前は出てこない
疑問その3
次にB説であるが、以下の理由から疑わしい。
新聞の1913年6月10日の記事 および1914年6月2日の記事に”Ziegfeld’s Follies”の出演者リストが載っているが、そこにはハリー・フォックスの名前はなかった。
“Ziegfeld’s Follies”は、当時の人気ミュージカルだったらしく、Internet Broadway Databaseで、当時の上演日、出演者を見ることができる。それによると、そのミュージカルは1906年から1916年まで毎年100日前後上演されていたが、そのいずれの年の出演者リストにもハリー・フォックスはなかった。

 

第3の謎に対する私の結論
これまで引用した記録を検討すると、ハリー・フォックスがフォックストロットの創始者だというのは、大変疑わしく、だれかの創作ではないだろうか。実際には他の社交ダンスと同様、第1の謎で引用したように、色々な人間が自分なりのフォックストロットを作りだし、以下の記事のようにそれが統一されていったのではないかと思われる。
 
1914年12月22日 The Fox Trot Revised
 
なお、ISTD(Imperial Society of Teachers of Dancing)のコミッティーでヴィクター・シルベスターやジョセフィン・ブラッドレーとともに、イングりッシュスタイルの確立に力を注いだ、イヴ・ティンゲートスミス(Eve Tynegate-Smith)が執筆し、1933年に英国で出版された THE TEXT BOOK OF MODERN BALLROOM DANCING の初めの、MAINLY HISTORICALという章では以下のように書いていることから見て、少なくともそのころは英国の権威あるダンス界においては、フォックストロットはハリー・フォックスが創始者ではなく、米国南部の黒人(Darkies、黒人の蔑称)だと考えられていたということが主流だったと思われる。

The Fox-trot and the Charleston had their origins among the darkies of the Southern States; their popularity gradually spread until they reached first the “cheaper” dance halls, and finally the smart clubs of New York.

しかし、それではフォックストロットのフォックスの由来の理由になっていないという反論が当然出てくるだろう。それについては次に説明しよう。
第4の謎 なぜフォックストロットという名前がついたのか
これについても調査した記録にもとづいて整理をしておこう。
 
(1)フォックストロットという言葉の持つ意味と使われた時期
 
新聞の記事を調べたところ、フォックストロットという言葉はダンスの他に、二つの意味で使用されていた。ひとつは文字通り狐の歩き方、もう一つは馬の足並みのひとつの名称としての意味である。
 
狐の歩き方の意味では1866年02月26日付のSOUTHERN EMIGRATION TO BRAZIL が初出である。一方の馬の足並みの意味では1893年10月15日付の PRIZES FOR THE HORSE SHOW の記事が初出である。後者の記事はニューヨークのマディソンスクエアガーデンで行われたホースショーで7種類の馬の足並み(Fox Trot, Trot, Rack, Canter, Running Walk, Slow Pace)の優劣を争う競技会が催されたというものである。当時はまだフォードT型自動車の大量生産が始まったころで民衆の主要な交通手段がまだ馬や馬車だったこともあってか、このホースショーは当時の民衆には大変人気があったようで、その後もしばしばマディソンスクエアガーデンで催されたことが記事になっており、1914年は11月15日にも催されている。また21世紀の現代にも催されている。
 
面白いことには、1912年04月28日付のAT THE VAUDEVILLE THEATRES では、キャッスル夫妻やハリー・フォックスが出演したこともあるヴィクトリア劇場で、かのアービン・バーリンにより上演されたプログラムの一部が、調教された馬9頭によるホースショーだったことまで記事になっており、ニューヨークっ子にとっては当時、ダンスとしてのフォックストロットの人気が出るまでは、フォックストロットという言葉を聞けば、間違いなく馬の足並みを思い浮かべただろうと思われる。なおアービン・バーリンは、後に何曲かフォックストロットの曲を作っており、そのひとつに1914年出版のMorning Exercisesというものもある。
しかし馬の足並みと社交ダンスが何の関係があるのか疑問に思われる方も多いだろうが、調査の結果深い関係があることがわかったのである。このことについては、その後調査を進めていくうちに、玉置真吉氏も「社交ダンス全書」の中でも指摘していることがわかった。
 
(2)フォックストロットという言葉のイメージ
 
ダンスと馬の足並みとの関係をこの後に説明するが、その前に、フォックストロットという言葉の持つイメージについての誤解を解いておきたい。
玉置真吉氏は、「社交ダンス全書」の中で「トロットは馬の中速度の駆け足であるから、ピョンピョン跳ねるほうがその名にふさわしい」と評していたが、フォックストロットのことも単純に狐がピョンピョン跳ねるというイメージを持たれていたようであり、それが一般的な受け取り方かもしれない。しかしそれはトロットという足並みの持つ特性であり、フォックストロットの特性ではない。
 
引用した1866年02月26日付の記事では次のように書かれている。こんな状態でピョンピョン跳ねられるだろうか。
 
Slaves wear no shoes and very little clothing, bear all burdens on their heads, and move at a fox trot.
(奴隷たちは、はだしでほとんど衣服をまとっておらず、荷物を全部頭の上に載せ、そして狐のトロットのように動いていた。)
 
また、馬の足並みとしてのフォックストロットはどうかというと、速度はトロットとあまり変わらないが、前足のどちらかはかならず地面に着いているために、乗り手が楽に長時間乗っていられるという優れた特長を持っている。トロットと違い、フォックストロットをさせるためには、通常調教が必要であるが、唯一Missouri Fox trotterという改良された品種の馬だけが、生まれつきフォックストロットで歩くことが出来るのである。そのためこの品種は、米国ではCowboy’s Cadillac、英国ではCowboy’s Rolls-Royceとも呼ばれている。ミズーリ州では州馬に認定されているくらい、人々に愛されている馬の品種である。YouTubeでFox Trotterで検索するといくらでもその足並みを見ることができる。
つまりフォックストロットという言葉のイメージは上下動の少ないなめらかな動きなのである。
 
(3)馬の足並みと社交ダンスとの関係
 
馬の足並みには、フォックストロットだけではなく、いくつもあるが、先に触れた米国図書館のデータベースの文献で、馬の足並みを冠しているダンスやダンスのステップをピックアップしてわたしのウェブサイトで説明をつけた。それらの足並みを速さの順に並べると以下のようになる。カッコに文献の出版時期を示した。
 
ギャロップ (1860年~1896年)
キャンター (1857年~1922年)
トロット (1814年~1922年、ターキートロット、ホーストロット、ドッグトロット等)
フォックストロット (1818年~1922年)
 
これでわかるように過去のダンスでは、古くから馬の足並みがダンスの名称に取り入れられていたのである。1914年のあるダンス教本にはそのものずばりのHorse Trotというダンスもあり、その中のステップのひとつであるキャンターの説明の中には、まさにそのステップをくりかえすと馬の足並みのキャンターにそっくりだという記載がある。
 
このように第3と第4の謎に対する調査結果からすると、ハリー・フォックスのフォックストロットである必然性はまったくないし、当時のニューヨークっ子にとっては、このダンスが、馬の足並みのフォックストロットの名前をとったダンスだと言われてもなんら違和感はなかっただろう。
第4の謎に対する私の結論
フォックストロットの名前は、馬の足並みのフォックストロットに由来する。
またトロットではなく、上下動の少ないフォックストロットのイメージにあったダンスだった。
仮にハリー・フォックスが創始者だったとしても、ハリー・フォックスのトロットではなく、ハリー・フォックスのフォックストロットではなかっただろうか。
第5の謎 どうしてフォックストロットがそれまでのラグタイムダンスよりも人気を博したのか
私にとって最も大きな謎だったのは、フォックストロットが、同じラグタイム音楽でそれまでに踊られていたツーステップワンステップキャッスルウォークに比べ人気が出て、しかもこれほどまでに息の長いダンスとなった理由はなんだったのだろうかということである。
 
この謎について分析した文献は今のところ見当たらない。しかし私はこの謎を解くカギはフォックストロットが、2拍に1歩歩く、現代で言えば、S(スロー)のステップを、初めて採用したことにあるのではないかと考えている。
 
キャッスル夫妻が1914年初頭に出版したModern Dancingという本や、大英帝国舞踏教師協会員だったアルバート・ニューマンが同じく1914年に出版したDances of To-dayの中には、それまでにラグタイム音楽に合わせてよく踊られていたワンステップ、キャッスルウォークなどのダンスに関する説明がある。それらのダンスは簡単に言うと1拍に1歩ステップするダンスであったが、それらと、フォックストロットが大きく異なる点は、フォックストロットでは2拍に1歩ステップする、現代でいえばSSQQSのSに当たるステップが初めて採用されたことであった。
 
そのために、ワンステップや、キャッスルウォークのように、ひたすら歩くダンスでなく、フォックストロットでは、もっとゆっくり踊れるようになったことが、フォックストロットを人気のダンスに押し上げた最大の要因ではないだろうか。
 
なお曲の演奏のテンポ自体、1914年までに出版されたワンステップ用の楽譜ではAllegro Moderatoと指定されているものが多いが、フォックストロット用の楽譜ではほぼ例外なくそれより遅いModeratoに指定されていることもそのことを示唆している。
 
またニューヨークでは、フォックストロットの出現に数年先行して、ワルツでもやはり、それまでのワルツ(現在のヴェニーズワルツの前身)よりゆっくり踊れるヘジテーションワルツや、ロングボストン(現在のスローワルツの前身)が1910年代初頭からしばしば新聞記事をにぎわしている。
 
 
このように、ゆっくり踊れるダンスが作られた背景には、以下の記事のように、ダンスを夜通し踊ったダンサー達に簡単な朝食を出すことが珍しくなくなった当時のニューヨークでは、長時間ダンスを楽しめるような、ゆっくりしたダンスに対する要求があったのかもしれない。
 
1911年12月30日記事 SERVE BREAKFAST AT THE DANCE NOW

 

5番目の謎に対する私の結論
ゆっくりしたダンスが好まれるようになり、その要求に対して、S(スロー)のステップを採用したフォックストロットだけが合致したことが、人気の出た理由である。
 
なおフォックストロットはスイングラグタイムで踊られたということを説明したが、ワンステップやツーステップ用として書かれた楽譜を見てみると、スイングラグタイムではなく、普通のラグタイムである。この違いがフォックストロットのほうが好まれたもうひとつの理由かもしれない。

 

最後に
以上が私の結論だが、新しい事実が発見されれば、いつでも結論を修正することにやぶさかではない。諸兄の批判をいただければ幸いである。
 
なお調査の副産物であるが、キャッスルウォークが、歩くように踊るダンスの始まりだと説明している日本のウェブサイトがあるが、これはまったくの誤りであることがわかった。それはキャッスル夫妻自身の著書Modern Dancingの44ページで、彼ら自身が、「音楽の1拍ごとに、ソフトに、スムーズに、歩くように踊るダンス、それがワンステップのすべてである」とし、そのすぐあとにキャッスルウォークとワンステップとの違いを「1歩ごとにトーに乗る」と書いていることから明らかである。このことについてもこのサイトの記事、「歩くように踊るダンスの始まり」に記載しておいた。

 

謝辞
最後に、フォックストロットの起源について調査するきっかけを与えていただいたヨーロッパ在住の日本人女性と、ラグタイム楽譜について貴重な示唆を与えていただいたラグタイムピアニストの女性のお二人に感謝して締めくくりとしたい。