「認知症はダンスの練習で予防できるか」というウォール・ストリート・ジャーナル(オンライン日本語版)の最新記事です。
エルビス・プレスリーのささやくような歌声をバックに、ダンス教師のスタイン・モエン氏はシニア6人の前でリンディホップ(社交ダンスの一種)を踊る。「右、左、ロックステップ」「ゆーーーっくり、ゆーーーっくり、速く、速く」と、丁寧にステップを説明しながら。
シニアたちはまねをする。モエン氏は「そこで止まってください」と言い、音楽を消す。シニアたちが座ると、女性が来て血圧を測る。
これは普通のダンス教室ではない。グループでのダンスが認知症予防に役立つかどうかを調べる米アルベルト・アインシュタイン医科大学の研究の一環だ。
これまでの研究によると、運動は一般に認知機能を改善するほか、脳の構造的変化さえ生むことがある。ダンスについては、認知機能を改善し得ることを示す証拠がいくつかある。しかし、ダンスが認知症予防に役立ち得るかどうかを最終判断するのに十分な研究はまだない。
同大の研究ではそこから一歩前進するため、グループでのダンスレッスンが認知機能に及ぼす影響をマシンウオーキングと比較している。グループでのダンスは単なる運動ではなく社交と認知機能が必要なため、特に有効なのかもしれないと研究者らは考えている。
アインシュタイン医科大のヘレナ・ブルメン教授(神経学)は「私たちの仮定では、特に社交ダンスはランニングマシンの運動より効果的だ」、「肉体の活動だけではなく、社交と認知活動も関係がある」と述べた。同氏は今回の研究を共同で主導している。
寿命が延びるにつれ、認知症の発症リスクは高まる。85歳を過ぎると、3人に1人近くがリスクを抱える。認知症の治療法を見つける試みは追いついておらず、影響を受けるシニアの数は幾何学的に増えるとみられているため、一部の研究者は予防に目を転じている。
アインシュタイン医科大の研究では、シニアのグループが半年にわたり90分のダンス教室に週2回通った。もう1つのグループは週に2回マシンウオーキングをした。
研究者は65歳以上のシニア32人を2グループに分け、記憶力のテストと本人の説明に基づき認知症の発症リスクを特定した。
研究の前後と途中で「実行機能」が測定される。これは、計画を立てたり論理的に考えたりといった複雑な行動をつかさどるのに必要とされる機能だ。参加者は脳のMRIスキャンも受けた。脳内の機能・構造的なつながりの変化を見るためだ。
これまでのダンスの研究では、結果はまちまちだった。有望な結果が出たケースもあったが、他の有酸素運動よりも効果があるかどうかは不明だ。2017年のある研究では、シニアのグループを対象にダンスのメリットをウオーキングやストレッチといった他の活動と比較した。ダンスをした人は、人の名前や顔の記憶など、記憶の一側面にとって重要な脳の領域に改善があった。しかし、他の活動をした人たちに認知へのメリットは見られなかった。
2017年に発表されたノースウエスタン大学のアート・クラマー氏(研究時はイリノイ大学)の研究では、6カ月のダンス後に脳の構造的な変化があった。
クラマー氏は「運動の形式が違えば脳や認知の健康に対する効果も異なるが、重っている部分もある」と述べた。「ある運動が他より優れているというわけではない」
だがペン・メモリー・センターの共同ディレクターでペンシルべニア大学教授のジェーソン・カーラウィッシュ氏は、ダンスには運動全般によるメリットを超えた特別な効果があると話す。
カーラウィッシュ氏は「それは、認知症発達リスクを減らすための複数の研究で見られた3つのことを結合させる。すなわち、社会的関与、認知的関与、身体活動だ」という。「つまり、それには一体化させる優れた機能がある。しかも、嫌いでなければダンス自体楽しい」
アインシュタイン医科大での研究に参加するシニアにとって、そうした楽しさは大きな魅力だ。ナンシー・ジョンソンさん(72)は、ダンスが記憶を助け得るかどうかは分からないが、クラスは「いい気分にさせてくれる」と話す。
マレーネ・タッフェさん(83)とソニア・モブサスさん(84)はスイングダンスのクラスペアを組んでいる。モブサスさんは、昔から名前を覚えるのが苦手だが、このクラスでは皆の名前をすぐに覚えられたと話す。「誰かの名前を覚えたかったら、少し踊った方が良いと思う」
タッフェさんは自身の認知力の改善に既に気づいていると話す。「子供たちまでそれに気づいた。前より集中していると思う」、「人生をさらに少し楽しんでいる。ダンスは魂と心にとって良い」と話している。