馬の足並みとしてのフォックストロット (Fox Trot)
われわれ農耕民族には想像もつかないことですが、騎馬民族の末裔たる欧米人が飼育している馬の頭数は、人口一人当たりの馬の数は、日本の数10倍ないし100倍以上にのぼります。
たとえば米国の馬の頭数は世界一で、950万頭と言われています。それにくらべ日本はたったの10万頭です。
レクリエーションのための馬だけで比較すると、米国が390万頭に対し日本はたったの1万4千頭で、人口一人当たりで比較しても、米国は日本の121倍になります。
また馬の品種も200種類以上ありますが、その中でとくに異彩を放つのがミズーリ・フォックストロッター(Missourli foxtrotter、略してMO foxtrotter)という品種です。
これは19世紀ごろから品種改良されたものですが、いまでも人気があるようで、YouTubeで foxtrotter で検索をかけるとたくさん出てきます。
この馬は、米国ではカウボーイのキャデラック、英国ではカウボーイのロールスロイスという異名を持っている品種ですが、名前から想像されるように、トロットと同じくらいの早さで長時間走れるのに、馬体の上下動が少ない足並みで、なめらかな動きなので長時間乗っていても乗り手が疲れないということが、その人気の秘密です。
そのような快適さを生みだすのが、フォックストロットという足並みですが、ほとんどの品種は訓練しないとフォックストロットの足並みはできないのに、このミズーリ・フォックストロッターだけは自然にその足並みができるということがその名前の由来だそうです。
tamaの独断
馬の足並みのフォックストロット(fox trot)のイメージから最初のフォックストロットというダンスが作られた。
決して、Harry FoxのFox’s Trot ではない。
傍証1
馬の足並みの名前を社交ダンスのステップにつけることは、最初のフォックストロットがでるまでに数多くの前例があった。
馬の足並みの名称がつけられたステップが記載されているダンスマニュアル一覧です。いずれも米国議会図書館の蔵書です。
そのものずばりのHorse Trotというダンスもあり、その中のステップのひとつである Canter の説明の中には、まさにそのステップをくりかえすと馬の足並みの Canter にそっくりだという記載がありました。
傍証2
フォックストロットが初めて演じられる前には、Fox Trot と言えば、馬の足並みの Fox Trot を意味するのが常識だったと思われる。
1914年をさかのぼること約20年前の1893年10月15日のニューヨークタイムスの記事には、ニューヨークのど真ん中のマディソンスクエア・ガーデンでHorseShowが開かれ、その中の催しの一つとして、5つのGait(足並み)が課題として与えられ、優れた演技を見せた馬が表彰されるというものが紹介されています。その五つとは、(1) Walk、(2) Trot、(3) Rack、(4) Canter、(5) Running walkか FoxTrotかまたはSlow Paceです。
このHorse Showは、それ以降にも開催されていたようで、1896年、1901年、1903年、1908年、1912年と記事になっています。、また1914年に同じくマディソンスクエア・ガーデンで開催されたHorse Showでは、(1) Walk、(2) Trot、(3) Rack、(4)Canter、(5) Running walk、(6) Fox Trotで争われたことが11月15日の記事に記されています。
傍証3
上で紹介した 足並みの演技がショウとして、あるボードビル劇場で行われたことがニューヨークタイムスの1913年(正確な日にちはあとで記載)に記されている。
ニューヨークにはボードビル劇場が数多くあり、ハリー・フォックスやキャッスル夫妻もこれらの劇場に出演し、ダンスやドラマに出ていたことが、ニューヨークタイムスの記事に数多く記載されている。したがって、ダンスとしてのフォックストロットを作ったのがHarry Fox だったかあるいはキャッスル夫妻だったかどうかは別として、彼らが馬の足並みのひとつであるフォックストロットを知っていたことはほぼ間違いがないと思われる。
傍証4
馬の足並みについては http://en.wikipedia.org/wiki/Horse_gaitのなかで説明されていますが、その中のFox Trotの項では、
The fox trot is most often associated with the Missouri Fox Trotterbreed, but is also seen under different names in other gaited breeds.The fox trot is a four-beat diagonal gait in which the front foot ofthe diagonal pair lands before the hind.
と書かれています。要するに対角線上の前足と後ろ足が同時に動くが前足が後ろ足より先に地面に着くといった足並みでしょうか。
http://en.wikipedia.org/wiki/Missouri_Foxtrotterでは、このFox Trotの特長を以下のように説明しています。
The breed is best known for its unique gait, known as the fox trot, inwhich the horse appears to walk with its front legs and trot with itshind. Because the horse has a four-beat motion rather than a two-beattrot, the gait is easy to sit. It is accompanied by an up and down headnodding. The horses, unlike some other gaited breeds, do not havehigh-stepping action, but rather a very smooth, comfortable ride.
簡単に言うと、fox trotはtrotより滑らかな動きで、乗りやすく、かつ長時間乗るのに適しているということです。
他の文献では、このfox trotが自然にできるのは、このMissouri FoxTrotterともう一種類だけで、その他の種の馬はこのfox trotをさせるためには調教が必要だとされています。Missouri FoxTrotterは19世紀に品種改良によって生み出された馬だそうですが、これらの特長のために21世紀になっても米国では50,000頭以上飼育されているそうです。
それはそれとして、ヘンリー・フォードにより安価な量産型T形フォードが1908年に発売されたとはいえ、ベルトコンベア生産に切り替えたのがやっと1913年のことです。1914年ではまだまだ身近な移動手段としては馬が主役であり、foxtrotという言葉は、すでに言葉通りの意味よりも、この馬の足並みのことを指すのが常識だったと思われます。
Missouri Fox Trotterという種類の馬は、その後、乗り心地のよさから、米国ではCowboy’s Cadillac、ヨーロッパではCowboy’s Rolls Royceと呼ばれるようになりました。