米国議会図書館には、「Dance Instruction Manuals Ca. 1490-1920」という名前のボールルームダンスのマニュアルなどのコレクションがあります。このコレクションには当時のダンスの教本、当時のエチケット、教会を中心としたアンチ社交ダンスなどの200を越える文献が登録されています。また、それらに関する説明が小論文としてまとめられています。さらに、このマニュアルを編纂したプロジェクトチームが、マニュアルの文献をもとにフィガーを再現した動画をVideo Directoryとしてまとめています。

tamaは、2010年に、それらの小論文を翻訳するとともに、このコレクションの文献を、年代順およびアルファベット順に分類しなおし、文献リストを作成しました。ただ、これらのコレクションを閲覧するサイトがテキストベースを基本としていましたので、使いづらいものでした。そのため、再現動画だけは、tamaがYouTubeにアップロードしてマニュアルを再現した動画リストとしてまとめました。

しかし、その後、議会図書館のスタッフは、これらの貴重なコレクションを、世界中のダンサーの誰にでも、閲覧し、ダウンロードし、学ぶことができるようにすることを目的として、近年の画像ベースのネット技術を通じて、大きな改善を成し遂げました。その結果、PCだけでなく、近年急激に普及してきたスマートフォンやタブレットでも閲覧可能となってきました。

ただ、その結果、コレクションの表示、検索、ダウンロードなど著しく改善されたとはいえ、英語であることもあり、はじめての方にはとっつきにくいことはかわりありませんので、tamaが興味を持った部分については、翻訳してご紹介したいと思います。

 

コレクションからわかる1920年代までのダンススタイルの変遷

各時代のダンスインストラクションマニュアル、およびそれに基づいて再現された動画から想像できるように、2人ないしそれ以上の男女が、複雑な足さばきのフィガーを、決められた順序で踊るシーケンシャル・ダンスから、男女のカップルが、単純なしかもより遅いフィガーを、フィガーの順序を決めずに踊るノンシーケンシャル・ダンスへと移り変わっていっています。
 
tamaは、この変化は、欧米の社交ダンスが、宮廷のダンスから、中流階級、さらには一般の大衆のものへと移り変わるにつれて、特権階級が、金と時間にあかせてダンス教師について長年習得すべき複雑なステップで構成されたダンスから、一般大衆でも短時間で習える、さらには通信教育で習える程度のステップで踊れるダンスへと変化していったことが理由だと考えています。
 
このように、より単純な新しいダンスが人気を博す際には、それまでの複雑なダンスを教えることで生計を立てていたダンス教師と、新しいダンスの担い手との間で葛藤がありました。当時の新聞記事などから、そのひとつはヨーロッパでワルツが出てきたとき、もう一つは米国でワンステップや、キャッスルウォーク、ターキートロットなどラグタイム音楽に乗って踊るダンスがボードビリアンにより演じられ、教えられ始めたときのようです。
 
後者においては、当時のニューヨークタイムスの記事に、当時のダンス教師たちが自分たちの職業を奪われる危機感に襲われて、急きょダンス教師協会を発足させたことが報じられています。
 
 
 
日本における、欧米の社交ダンスの歴史に関する情報は、言語の障壁やいまのようにインターネットで十分な情報が得られなかったためか、私が調べた中では、かならずしも、実際の欧米での記録とそぐわないところがありました。以下の文献リストを、欧米の社交ダンスの研究のために役立たせていただければ幸いです。